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「社会」カテゴリのアーカイブ

2007年10月03日

新聞は紙でなければ新聞ではないのか?

ITメディアのニュースより。

朝日・日経・読売が提携 「ネット活用で紙の新聞を維持」 - ITmedia News

朝日・日経・読売の3社が提携し、来年1月に共同のニュースサイトをオープンする。「ネットを活用して紙の新聞を維持する」のが狙いといい、3社は新聞販売でも提携した。

紙の新聞を維持するためにネットに展開という目的が馬鹿らしくて、今から先行きが危うく見えて仕方がないんですが。世の中には既にネット専業で戦っているサイトがいくつもあるところへ、首脳陣が紙の方へ後ろ髪引かれながらネットに参入したところで、良い結果が出るとは到底思えません。ついでに、自分だったらそんなサイトのウェブマスターは絶対にやりたくない。

CNETブログで渡辺聡さんが「ユニバーサルサービスとしての新聞」という点について書かれている。細かい定義の問題はおいといて、「日本中の誰もが簡単に報道にアクセスできることが望ましい」という意味では、新聞はユニバーサルサービスであるべきだと思う。ただ、それは「日本中のどこにでも紙の新聞が届けられなければならない」ということではない。インターネットにブロードバンド接続可能な環境さえあれば、報道へのアクセスはそれで十分に可能なのだから。

新聞社はどうしてそんなに紙にこだわるのだろうか?新聞社のコアコンピタンスは記者の取材・執筆能力や編集者の編集能力なんだから、媒体がネットに変わってもそれらは有効に機能するはず。更に、ネットならこれまでテレビ局などと比べて圧倒的に不利だった速報性という点でも互角に戦えるようになるのだから、むしろ歓迎すべきことだとさえ思えるのに。
冒頭の三社の発言を見ていると、これらの新聞はもう紙を印刷することにしか自分達の存在意義が見出せなくなったみたいだ。

2007年09月02日

宗教って(他の権利と比べて)そんなに大事なの?

スラッシュドットの以下のレスを読みながら考えた。

「保護観察処分でWindowsを強制されられそうなLinuxユーザ」のコメント

「完全に禁止がは可哀想だから、特別に監視ツールを入れたPCでの使用位は認めても良いよ。」って事で、この話自体が大きな便宜なんだって事を考えるべきでしょう。 ですから特別の便宜に対して不満が有るなら、便宜なしでの「PCの使用禁止」で済む話ではないかと。
#でないと犯罪者に対して何処までの便宜が必要になる事か。

>イスラム教の受刑者に豚肉料理を強制するのは刑罰の範囲か?
明らかにそこまでの人権に近いレベルの話ではなく、所詮はPC。道具の話ですから、そんなのを同一視する事自体がオカシイ。

それを認めると世界中にある全てのプラットフォームに対応しないと差別って事になる。が、現実的にはそれは不可能。となると、平等にに懲罰を行う為の方法は、やっぱり「全面禁止」しかないんで、結局は同じだけどね。

ここだけ抜き出すと意味不明だけど、要は、犯罪者(保護観察処分対象者)に対して宗教上の配慮は必要かもしれないが、使用するPCの自由まで認める必要はないよねという趣旨のコメント。で、使用するPCを選択する自由よりも信教の自由の方が上位の権利であるという感覚が僕にはよくわからない。

例えば、イスラム教徒はイスラム教を信仰する(=豚肉を食べることができないという戒律を受け入れる)ことを自分で選択した(※)わけで、それ故のある種のリスクや不自由を感じることがあってもそれは仕方がないことじゃないのか。もちろん多様な価値観を受け入れられる寛容な社会であるべきだしそのためのできるだけの配慮は必要だけど、その他の個人の権利と比べて、それが取り立てて優越して尊重しなければならない理由はないはず。

それなのに、「宗教上の理由」という言葉が使われると、それが錦の御旗のようになり、腫れ物に触れるような扱いになってしまう社会にどうも違和感を感じる。


(※)話がそれるが。
自分で選択してるわけではなくて、産まれ育った環境(国や地域や家庭)に従って、他の宗教もろくに知らないままに半自動的に決定されてしまうという問題はあるかもしれない。信教の自由ということを考えるときにはこれは大きな問題だと思う。幼少期の子供に選択肢を一つしか与えないで決定させることのどこが自由と言えるだろうか。これは途上国やイスラム圏だけの話ではない。
いっそ「判断力のない」未成年に対しては、特定の宗教の教義だけを教えることを禁止し、公教育で主な宗教の教義を分け隔てなく公平に教えて、成人後に選択するという方式にしてはどうだろうか?

2007年08月18日

疑似価格機構と転売屋

ライブなどのチケットの販売額は、需要と供給の法則による価格機構では決められていないという話。

WIRED VISION / 小島寛之の「環境と経済と幸福の関係」 / チケ取りの経済学より。

価格機構が「需要の強さ」をきちんと反映しないような財については、価格とは異なる購入者選別の方法が取られるのが一般的だ。これを、経済学者・林敏彦は「疑似価格機構」と呼んでいる。

なるほどと思った。転売屋が嫌われる理由は、販売者が意図的に敷いたこの「疑似価格機構」を、その意向を無視して本来の「価格機構」に戻してしまうところにあるのかもしれない。

Wikipediaのダフ屋の項目を見ても、転売行為やその違法性についてはいろいろな意見があるようだけど、こういう観点での議論も必要かも。

2007年04月05日

動画投稿サイトが泡沫候補をエンパワーメントする

ITmedia News:“泡沫候補”浮上させるYouTube 選管も困惑より引用。

4月8日に投開票される統一地方選挙は、ネットユーザーが動画投稿サイトを手に入れてから初めての大型選挙だ。YouTubeには早速、候補者の政見放送などが投稿され、ブログなどで話題になり、一般紙など大手マスコミが報道しない“泡沫(ほうまつ)候補”がネットで関心を集める。ただ、政見放送がネットで流れる事態は選挙管理委員会の想定外。公職選挙法に違反している可能性もあり、対応に苦慮している。(中略)
政見放送は、放映時間や回数が厳しく規定されており、ネット上で自由に投稿・再生される事態は想定外。公職選挙法ではネットを使った選挙運動を禁止しており、候補者や支援者が選挙を優位に進める目的で政見放送をYouTubeに投稿すれば、同法違反に問われる可能性もある。都選管は、投稿したのは候補者以外の第三者だと見ており「違法かどうかは微妙」としている。だが「特定の候補者の映像だけが流れているのが、公正・平等な選挙という観点から問題」と考え、YouTubeへの削除申請手続きに乗り出した。

特定の候補者の映像だけが流れているのが、公正・平等な選挙という観点から問題であるなら、はじめから全員の政見放送をネットで流せばいいのに。決まった時間にしか見られないテレビ放送だけよりも、ネット配信も行った方が明らかに多くの都民が視聴することができるはず。

候補者が平等な選挙活動をできるようにするために公職選挙法はある。でも、実際の選挙は金や地位や知名度がある候補者の方が圧倒的に有利なのは言うまでもない。名前は伏せられているけどこの記事で念頭にある「泡沫候補」とは、明らかに外山恒一氏だよね(泡沫候補と決め付けるのも失礼な話だけど)。石原・浅野両氏の対決やタレント候補ばかりがマスコミでクローズアップされるから、僕のようにYouTubeやニコニコ動画がなければ外山氏の存在を知らなかった人もきっと多いと思う。全ての候補のマニフェストを多くの人に伝えるためにも、選挙管理委員会は禁止するどころかむしろ積極的にインターネット上で政見放送を公開するべき。その方が公職選挙法の精神に則っているはず。

参考:外山恒一氏の政見放送(YouTubeニコニコ動画

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